「完パケでください」。発注元からそう言われて、書き出し設定の画面の前で手が止まる。テロップは入れた。ナレーションも乗っている。ただ、先方は別途字幕を付けると言っていた気もする。この状態で書き出していいのだろうか。映像の納品でつまずくのは、たいてい技術ではなく言葉のほうです。
完パケ、白完、マスター。現場で毎日飛び交う割に、正確な定義を確認し合う機会はほとんどありません。そして厄介なことに、言葉の行き違いは納品の直前になって初めて発覚します。
完パケとは?白完との違いはテロップ・字幕の有無
完パケは「完全パッケージ」の略で、テロップも字幕もナレーションもBGMもすべて入った、そのまま放送・公開できる完成状態のマスターを指します。対する白完(白完パケ)は、映像の編集は終わっているものの、テロップやスーパーがまだ乗っていない状態です。画面に文字が何も焼き込まれていない「白い」完成品、と覚えるのが早いでしょう。
肝心なのは、これが品質の違いではなく状態の違いだという点です。白完は作りかけの半端な映像ではありません。むしろ白完のまま残しておく積極的な理由があります。日本語テロップが焼き込まれた完パケは、海外展開や二次利用のときに使い回せません。文字を差し替えられる白完を完パケと別に保存しておく運用は、将来の再利用に対する保険なのです。
行き違いの典型例を一つ。制作会社が「完パケで」と聞いてテロップまで焼き込んだファイルを納めたところ、局側は自局のフォーマットで文字を乗せ直すつもりで白完を待っていた、というすれ違いです。焼き込んだ文字は後から剥がせません。直すには本編集からやり直しで、納期が日単位で飛びます。逆に、完パケのつもりで白完を受け取れば、放送直前に文字のない映像を前に立ち尽くすことになる。どちらに転んでも痛いのです。
呼び名が同じでも、指している状態が違う。納品トラブルの芽は、たいていここにあります。
粗編集から完パケまで、納品の工程をたどる
完パケという言葉は、工程の最後に置いてみると輪郭がはっきりします。出発点はラッシュと呼ばれる撮影素材の山です。数十時間の素材から使えるカットを選び、構成に沿って並べていく。これが粗編集(オフライン編集)で、番組づくりの中でもっとも時間を食う工程の一つです。
粗編集で固めた構成をもとに、本編集(オンライン編集)で高解像度の素材をつなぎ直し、色や画質を整えます。粗編集と本編集で別のシステムを使う場合、カットの情報は XMEMLのような編集データ で受け渡します。ここまで進んだ、文字の乗っていない状態が白完です。
白完には、MAと呼ばれる音の仕上げ工程が続きます。ナレーションを録り、BGMと効果音を重ね、音量のバランスを整える。そのうえでテロップや字幕を焼き込めば完パケです。局や番組によってMAとテロップ作業の順序は入れ替わりますが、白完に音と文字を足し切ったものが完パケ、という関係は変わりません。なお字幕は、映像に焼き込まず SRTのような字幕ファイル を別に搬入する形態もあり、その場合は焼き込みの工程自体が仕様から消えます。
厄介なのは、白完の指す範囲そのものが現場ごとに揺れることです。テロップだけが無いMA済みの映像を白完と呼ぶ会社もあれば、音を仕上げる前の状態まで含めて白完と呼ぶ現場もあります。同じ業界にいても、定義は一枚岩ではありません。
この流れを眺めると、負荷の偏りに気づきます。本編集やMAはスタジオを押さえて日単位で進むのに対し、粗編集はディレクターが素材の視聴とカット選びに何日も張り付く。素材は数十時間、使うのは数十分。この落差を人力で埋めているのが今の現場です。NAXAでは、ラッシュ素材からAIがラフカットを自動で組み立てる粗編集AIの開発を進めています。構成の判断まで機械に譲るのではなく、「まず全部観る」という最初の壁を低くする方向です。
クラウドマスターでのファイル納品
完成した完パケをどう納めるか。かつてはテープに記録して物理的に運ぶのが標準でしたが、近年はファイルのままクラウドストレージや局の搬入システムへアップロードする、いわゆるクラウドマスターでの納品が増えています。テープの物流が消えて楽になったかといえば、確認事項はむしろ増えました。
まず仕様書です。コーデック、ビットレート、解像度、音声のチャンネル構成。搬入基準は局や配信プラットフォームごとに決まっていて、Web用のH.264でよいのか、放送用の高ビットレートな形式が要るのかで、書き出しの設定は根本から変わります。判断に迷うなら コーデックの世代と使い分け から確認するのが近道です。指定と一つでも違えば、アップロードが通っても検収で差し戻されます。
サイズの問題もあります。放送用の高ビットレートな形式で書き出したファイルは数十GBに達することがあり、回線によってはアップロードだけで数時間を要します。納品期限の直前に書き出しを始めると、転送が間に合わない。テープを届けに走る移動時間が消えた代わりに、転送時間という新しい待ちが生まれています。
ファイル名の命名規則も侮れません。番組名、話数、バージョン、そして白完か完パケか。取り決めがないまま運用すると、「final_v2_fix」のような名前のファイルがストレージに並び、どれが真のマスターか誰にも分からなくなります。テープの時代はラベルと現物が一体でした。ファイルは無限に複製できるぶん、名前と仕様書だけが身元の保証になります。
白完と完パケの違いそのものは、覚えてしまえば一行で済む知識です。ただ、現場で効くのは用語の暗記ではありません。完パケと言われたら、テロップは入れるのか、字幕は焼き込みか別ファイルか、フォーマットの指定はどこにあるか、と発注のたびに確かめる習慣のほうです。言葉の定義は局や会社ごとに微妙に揺れます。揺れを前提に、どの状態のファイルを求められているのかを毎回言葉にして確認する。納品トラブルの大半は、その一往復で消せます。
NAXAの取り組み
NAXAは、独自の音声認識エンジンを使ったAI字幕生成・文字起こしサービスを提供しています。文字起こしからタイムコードの付与、話者認識、テロップよけやルビ振りまで、完パケに焼き込む前の字幕・テロップ制作の工程を自動化し、各局の制作ルールに合わせてカスタマイズした上で納品フローに組み込めます。字幕制作の効率化に関心のある方は、お気軽にご相談ください。