iPhoneで撮った動画を取引先に送ったら、「再生できない」と返ってきた。編集ソフトの書き出し画面にはH.264とHEVCが並んでいて、どちらを選ぶべきか確信が持てない。心当たりがあるなら、原因はほぼ一つです。動画の圧縮方式、つまりコーデックの世代が、送り手と受け手で噛み合っていないのです。
HEVCとは、2013年に標準化された動画圧縮の国際規格で、H.265とも呼ばれます。ただ、この一文を覚えても現場では役に立ちません。前の世代のH.264/AVCがいまだに現役で、次の世代のVVC/H.266がすでに存在し、横からはAV1という別系統も伸びてきている。この記事では、これらの世代をまとめて並べることで、「結局どれを使えばいいのか」に自分で答えられる状態を目指します。
「再生できない」の正体はコーデックとコンテナのすれ違い
コーデックとは、動画を圧縮する符号化(エンコード)と、圧縮を解く復号(デコード)の方式を定めた規格です。生の映像データは巨大で、そのままでは放送波にも回線にも載りません。これを現実的な太さまで細くする圧縮の文法がコーデックであり、H.264もHEVCも、この文法の世代名です。
ここでよく混同されるのが、MP4やMOV、MXFといったコンテナです。コンテナは映像・音声・メタデータを束ねる入れ物で、中の映像がどのコーデックで圧縮されているかは別の話です。拡張子が同じ.mp4でも、中身がH.264なら開けて、HEVCだと開けない環境がある。冒頭の「再生できない」の正体は、たいていこの入れ物と中身の取り違えです。放送業界で使われる MXFファイルにSMPTE 436M VANCで字幕を埋め込む仕組み も構造は同じで、MXFという入れ物の中にMPEG-2やH.264系の映像が収まります。
H.264/AVCという二十年選手が「共通語」であり続ける理由
H.264/AVCは、2003年にITU-TとISO/IECが共同で標準化した規格です。Blu-ray Disc、Web配信、ビデオ会議、日本ではワンセグ放送。二十年以上を経た今も、世界で最も広く使われるコーデックであり続けています。一方で、地上デジタル放送の本体は今もさらに一世代前のMPEG-2で運用されています。新しい方式が出れば順に置き換わる、という単純な話ではないことが、ここからも見て取れます。
古さは弱点でしょうか。むしろ逆です。二十年のあいだに、H.264のハードウェアデコーダはスマートフォンからテレビ、社内の古いPCまで、ほぼすべての機器に載りました。どんな相手に渡しても、まず再生できる。この「共通語」としての地位こそが、今なおH.264を選ぶ最大の理由になっています。
HEVC/H.265、半分のビットレートと特許という足かせ
HEVCは2013年、ITU-TとISO/IECの共同チームJCT-VCが標準化しました。公称では、H.264と同等の画質を約半分のビットレートで実現します。この差が効いてくるのが4K以上の高解像度です。2018年12月に始まった新4K8K衛星放送は、ARIB STD-B32のもとで映像符号化にHEVCを採用しました。身近なところでは、iPhoneがiOS 11以降、カメラ設定の「高効率」フォーマットでHEVC収録を既定にしています。冒頭の「送ったら再生できなかった」動画の多くは、この設定で撮られたものです。
性能が倍なら、世界はとっくにHEVC一色になっていてもよかったはずです。そうはなりませんでした。理由としてよく挙げられるのが、特許ライセンスの複雑さです。HEVCの必須特許はMPEG LA、HEVC Advance、Velos Mediaという複数のパテントプールに分かれ、利用者から見るとライセンス費用の全体像がつかみにくい状態が続きました。これが、特にWeb配信の領域でHEVCの採用が伸び悩んだ一因とされています。
VVC/H.266とAV1、「その先」は二手に分かれた
次の世代は、二つの方向に割れました。一つは正統な後継であるVVC/H.266です。2020年7月に標準化され、公称でHEVC比さらに3〜5割のビットレート削減をうたいます。ただしエンコードの計算負荷は大きく、対応機器もまだ少ない。採用は次世代放送の分野が先行しており、ブラジルの新地上放送規格TV 3.0が映像符号化にVVCを選んだほか、日本でも次世代の地上放送方式の検討でVVCが映像符号化方式に位置づけられています。
もう一つがAV1です。GoogleやNetflixらが参加するAlliance for Open Mediaが2018年に仕様を公開した、ロイヤリティフリーのコーデックです。特許費用の読めなさというHEVCの弱点に対する、業界側の回答と言っていいでしょう。YouTubeは2018年から、Netflixも2020年以降、段階的にAV1配信を広げています。圧縮性能はおおむねHEVCと同水準かそれ以上とされ、Web配信の領域ではすでに実戦投入の段階にあります。
どう使い分けるか、判断軸は「誰が再生するか」
冒頭の問いに戻ります。結局、どれを使えばいいのか。世代が新しいほど良い、とは限りません。判断軸は圧縮率の数字ではなく、その動画を誰が再生するかです。
互換性を最優先するなら、H.264/AVC: 納品先の再生環境が読めない素材のやり取りや、幅広い端末に届けるWeb動画に向きます。再生できないリスクをほぼゼロにできます。
容量と帯域を優先するなら、HEVC: 4K収録、長時間収録、アーカイブ保存で効きます。同じ画質でファイルサイズが約半分になりますが、渡す相手の環境で再生できるかを先に確認してからにします。
大規模なWeb配信なら、AV1も候補: ライセンス費用がかからず、主要ブラウザが対応済みです。エンコードにかかる計算コストと、配信帯域の削減額を天秤にかけて判断します。
VVCは、今日選ぶものではなく観測しておくもの: 次世代放送の標準として動き始めており、数年後に選択肢へ加わる可能性が高い世代です。
NAXAの取り組み
ハイライト抽出や縦型化といった動画編集の自動処理も、処理の入口で必ずデコードが走ります。つまり、素材がどのコーデック・どのコンテナで届いても受けられることが、仕上がりの精度より先にまず問われます。NAXAのAIショート動画生成サービスShort Video Generatorは、 長尺動画からハイライトを自動抽出する仕組み を軸に、縦型化・字幕やテロップの生成・書き出しまでを一連の流れで扱い、MP4だけでなくMXF素材の入力にも対応しています。素材を外部に出せない現場向けに、オンプレミス・オフライン構成も選べます。
コーデックの世代交代は、これからも続きます。VVCが放送に載る頃には、AV1の後継の議論も本格化しているでしょう。ただ、追いかけるべきは個々の規格名ではなく、入れ物と中身を切り分け、誰が再生するかから逆算する考え方のほうです。次に書き出し画面でHEVCの文字を見かけたとき、その動画が誰に届くのかを、一呼吸置いて考えてみてください。