「このCM、字幕は入っていますか」。そう聞かれた制作現場で、答えが二通りに割れることがあります。画面に大きく載せた文字を指して「入っています」と答える人と、リモコンの字幕ボタンで表示される字幕を思い浮かべて「いえ、未対応です」と答える人。同じ画面の、同じ文字の話をしているはずなのに、噛み合わない。CMに出る「文字」には、性質のまったく違う二種類があるからです。

片方はテロップ、もう片方はCM字幕と呼ばれます。見た目は似ていても、作られ方も、通る工程も、目的も別物です。この区別が曖昧なまま「字幕付きCMでお願いします」という発注を受けると、納品の間際になって作り直しが起きます。

CM字幕とテロップの違いは、焼き込みか切り替えかにある

同じCM画面で比較するテロップ(焼き込み・常時表示)とCM字幕(切替可能・音声を文字化)の違いの図解

テロップは映像の一部です。編集の段階で画に合成され、放送波に載るときにはもう映像から分離できません。すべての視聴者に常に見え、消すこともできない。目的は演出と強調です。キャンペーンの一言を画面いっぱいに出すのも、出演者の発言の面白い部分だけを抜き出して載せるのも、テロップの仕事です。

一方のCM字幕は、映像に焼き込まれていません。字幕は放送波の中で映像とは別のデータとして送られ、視聴者がリモコンの字幕ボタンで表示を切り替えます。技術的な土台は番組の字幕放送と同じ、 クローズドキャプションと呼ばれる仕組み です。表示されるのはナレーションやセリフといった音声の内容そのもの。音が聞こえない状態でも、CMが何を言っているかを文字で受け取れるようにする。演出ではなく、情報保障のための表示です。

焼き込まれて常に見えるのがテロップ、データとして分かれていて切り替えられるのがCM字幕。区別はこの一点に尽きます。

「テロップで文字を出しているのだから、字幕は要らないのでは」という反応が現場ではよく出ます。しかしテロップは、音声の内容を網羅しているわけではありません。15秒のCMでナレーションが語る文のうち、テロップに載るのは強調したい断片だけ。BGMに重なるナレーションの本文や出演者の掛け合いは、文字にならないまま流れていきます。音が届かない視聴者にとって、テロップだけのCMは意味の半分が欠けたCMです。だから両者は代替関係にありません。

字幕付きCMの制作と搬入の流れ

CM制作から考査・オンライン搬入を経て放送に至る字幕付きCMの流れの図解

字幕付きCMを放送するには、CM本編とは別に字幕データを作る工程が要ります。完成したCM素材、いわゆる 完パケ の音声を書き起こし、短い尺の中でどのタイミングにどの文をどれだけ表示するかを設計する。ナレーションを全文載せれば読み切れないこともあり、意味を保ったまま文字数を整える判断が入ります。番組字幕と同じ専門性が15秒に凝縮される仕事で、書き起こしからタイミング付けまでの下書きを機械に任せる 字幕制作の自動化 とも相性の良い領域です。

出来上がった字幕データは、CM素材と対応づけて放送局へ渡ります。テレビCM素材の搬入は、テープの物理搬入からファイルベースのオンライン搬入へ移行が進みました。字幕付きCMではこの流れに字幕データが加わり、局側は素材と字幕を紐付けて管理し、放送のタイミングに合わせて送出します。テロップと違って、字幕が映像と合流するのは、視聴者がボタンを押したその画面の上だけなのです。

受け入れる局の側にも体制が要ります。字幕データを検収し、CM運行の仕組みに組み込み、字幕付きで正しく送出する。この体制整備が進んだことで、字幕付きCMを放送できる局と枠は広がってきました。ただし、どの局のどの枠でも無条件に流せるわけではありません。出稿にあたって放送局ごとの受け入れ条件を確認する実務は、いまも残っています。

CM考査という局ごとの関門

制作と搬入の間には、もう一つ工程が挟まります。考査です。CMは搬入すればそのまま放送されるわけではなく、放送局が事前に内容を審査します。よりどころになるのは民放連(日本民間放送連盟)の放送基準で、広告責任の所在は明確か、誇大な表現や誤解を招く表示はないか、といった観点から放送に適するかを確認します。

考査には、広告主とその事業自体を確認する業態考査と、CM素材の表現内容を確認する表現考査があります。そして肝心なのは、この判断が局ごとに行われることです。放送基準という共通の物差しはあっても、最終的な適否は各局が自らの責任で決める。ある局を通った表現が、別の局では修正を求められることも起こり得ます。全国でスポットCMを流すなら、考査は局の数だけ発生する。この物量が、考査担当者の負荷になってきました。NAXAでも、放送基準に照らした表現チェックを支援する考査業務向けAIの開発を進めています。

字幕付きCMでは、確認の対象がもう一つ増えます。音声を文字化した字幕もまた画面に出る表示物であり、その文言が音声の内容と食い違っていないか、受け入れの過程で確かめられるからです。字幕は付ければ終わりではなく、放送に出る文字としての責任を負う。データの姿のまま、テロップと同じ土俵に立つわけです。

CM字幕対応が求められる背景

そもそもなぜ、CMにまで字幕を付ける流れが生まれたのでしょうか。番組の側では字幕放送の普及が進み、ニュースもドラマも字幕で追えるようになりました。ところがCMに入った途端、文字が消える。番組は分かるのにCMだけ分からないという状態が、聴覚に障害のある視聴者にとって長く続いてきました。CMも放送の一部である以上、そこには情報保障の空白があったことになります。

この空白を埋めるために、広告主・広告会社・放送局の三者は字幕付きCM普及推進協議会を設け、受け入れ枠の拡大や制作ノウハウの共有を進めてきました。一社の善意に頼るのではなく、業界の枠組みとして動いている点が、この分野の特徴です。

恩恵を受けるのは聴覚障害者に限りません。加齢で聞き取りが難しくなった視聴者や、音を出せない場所でテレビを見る視聴者にも字幕は届きます。スマートフォンの動画で無音視聴が当たり前になったように、字幕は「特定の誰かのための機能」から「誰もが使う表示」へ性格を変えつつあります。広告主にとってCM字幕への対応は、メッセージが届く相手を広げる投資でもあるのです。

NAXAの取り組み

NAXAはテレビ業界向けの独自技術として、日本語に特化した音声認識エンジンと、テロップ・字幕に対応した画像解析・OCRエンジンを保有し、放送字幕の制作を支援するAIサービスを提供しています。音声を書き起こし、読み切れる長さに整え、タイミングを付ける。字幕制作のこの骨格は、番組でもCMでも変わりません。

同じ「文字を出す」という手段でも、テロップは映像の中に焼き込まれ、字幕はデータとして映像の外に立つ。目的が演出か情報保障かで、作る人も、通る工程も、届く相手も変わります。次にテレビでCMを見かけたら、リモコンの字幕ボタンを一度押してみてください。そこに文字が出るかどうかが、そのCMの対応状況を映しています。字幕制作の効率化にご関心のある方は、お気軽にご相談ください。