「テレビ局はなぜ、あれほど広い電波の帯域を持てているのか」。放送行政をめぐる報道が話題になるたび、この素朴な疑問がSNSに繰り返し浮かびます。携帯の電波は足りないと言われ続けているのに、地上デジタル放送には470〜710MHzという240MHz幅が確保されている。オークションで競り落としたわけでもないのに、です。答えようとすると、電波行政の歴史と電波の物理の両方に踏み込むことになる、意外と厄介な問いです。
議論の入口にあるのが「電波オークション」という制度です。名前だけはよく聞くのに、日本では一度も実施されたことがありません。なぜなのか。
電波オークションとは何か、日本が採らなかった入札方式
電波オークションは、周波数の利用権を競争入札で割り当てる方式です。米国ではFCC(連邦通信委員会)が1994年から導入し、英国も2000年に3G免許をオークションで割り当てて、落札総額は約225億ポンドに達しました。現在は通信規制当局Ofcomが周波数の入札を所管しています。米国ではさらに、テレビ局が自主的に周波数を返上して対価を受け取るインセンティブオークションまで実施され、600MHz帯の一部が携帯用に転用されました。周波数は「値段のつく資源」だという扱いが、主要国では標準になっています。
日本はこの方式を採っていません。総務省が事業者の開設計画を審査して割り当てる、いわゆる比較審査方式です。周波数の対価として支払うのは電波利用料ですが、これは電波監視や技術試験といった共益的な費用を無線局全体で分担する制度で、市場価格を反映したものではありません。オークション導入は過去に何度も検討されながら、資金力のある事業者への周波数集中や、落札額が通信料金へ転嫁される懸念を理由に見送られてきました。
ただ、制度の話だけでは冒頭の疑問に答えられません。「なぜその帯域なのか」を決めているのは、行政ではなく物理だからです。
周波数が低いほど遠くへ届く、電波の物理とトレードオフ
電波は波です。波長は光速を周波数で割った長さで、地デジの470MHzでは約64cm、5Gミリ波の28GHzでは約1cmになります。波は自分の波長と同程度までの障害物なら回折して裏側へ回り込むため、波長の長い低い周波数ほどビルや地形の陰に届く。逆に波長1cmのミリ波は、人体一つ、手のひら一枚でも遮られてしまいます。
距離による減衰も周波数に依存します。自由空間の伝搬損失は距離の2乗に加えて周波数の2乗にも比例し、周波数が2倍になれば同じ距離で損失は4倍、デシベルで言えば6dB増えます。700MHz帯と2.8GHz帯なら周波数比4倍で12dB、電力にして約16倍の差です。低い周波数が「飛ぶ」のは感覚論ではなく、式に書ける性質です。
それなら全部低い周波数を使えばいい、とはなりません。低い帯域は物理的に狭いからです。30MHzから1GHzまでを全部足しても1GHz分弱しかなく、そこにFMラジオ、防災無線、業務無線、そしてテレビが詰まっています。通信路の容量は使える帯域幅にほぼ比例するので、狭い帯域では速度が出ない。地デジ1チャンネルの6MHz幅で運べるのは実運用で約17Mbpsです。一方、28GHz帯なら1事業者に数百MHz幅をまとめて割り当てられ、帯域幅だけで二桁近い差になります。
帯域ごとの顔ぶれを並べると、この性質がそのまま役割分担になっていると分かります。VHF帯はかつてアナログテレビの1〜12chが使った場所で、現在はFMラジオや防災無線などが使っています。470〜710MHzのUHF帯は地デジの13〜52ch。700〜900MHz帯は「プラチナバンド」と呼ばれ、建物の中まで浸透する携帯の生命線です。5Gでは3.7GHz帯・4.5GHz帯のSub6が容量と到達のバランスを取り、28GHz帯のミリ波が超広帯域を担いますが、ミリ波は降雨減衰と遮蔽に極端に弱く、基地局の近くでしか本領を発揮できません。
低いほど遠くへ届くが帯域は狭く、高いほど帯域は太いが届かない。携帯キャリアがプラチナバンドを渇望し、テレビの座るUHF帯が「一等地」と呼ばれる理由は、この一行に尽きます。
テレビ局が持つ周波数の実態、県域免許と電波利用料
では、テレビ局は何をどう「持って」いるのでしょうか。地デジに割り当てられた470〜710MHzは、6MHz刻みの物理チャンネル13〜52chに分かれています。ただし1つの局が40チャンネルを独占しているわけではありません。放送免許は原則として県域(関東広域圏などの例外はあります)ごとに与えられ、各局は親局と多数の中継局にそれぞれ物理チャンネルの割当を受けます。同じチャンネルは、混信しない距離を置いて別の地域で再利用される。240MHz幅は「テレビというシステム全体」が全国で使う面積であって、特定の局の私有地ではないのです。
対価の側はどうか。電波利用料の総額の大半は、携帯電話事業者が端末数に応じて負担しています。放送局の負担はそれに比べて小さく、諸外国のオークションで携帯用周波数に数千億円から兆円規模の値が付くことと並べて、「市場価格を払わずに一等地を使っている」という批判の根拠にされてきました。一方で放送側から見れば、電波利用料はそもそも市場価格として設計された制度ではなく、批判の前提がずれているという反論も成り立ちます。
電波オークション議論のポイント、公共性と市場性の綱引き
携帯側の需要は今後も減りません。動画トラフィックは増え続け、5Gの次の世代でも、遠くまで届く低い帯域はカバレッジの土台として必要です。物理特性から見て、UHF帯は残された数少ない一等地です。「テレビは本当に240MHz幅を使い切っているのか」という問いは、技術の進歩とともに強まりこそすれ弱まりません。
放送側にも積み上がった反論があります。放送波は、1本の電波が受信機の数に関係なく同時に届く同報インフラで、輻輳という概念がありません。災害でネットワークが混み合う場面でも、テレビとラジオは止まらずに情報を届けてきました。無料で誰にでも届くことを前提にした公共サービスを、最も高い値を付けた事業者に周波数を渡す仕組みと両立させられるのか。オークション慎重論の芯はここにあります。
前例はあります。2011年のアナログ停波で地上テレビの帯域は470〜710MHzに整理され、その上のUHF帯は700MHz帯として携帯電話などに再配分されました。周波数は、制度を変えなくても再編で移せる。この事実は「オークションなしでも需要に応じられる」という主張と、「移行には長い年月と巨額の対策費が要る」という主張の、どちらの根拠にもなっています。並行して、放送そのものも電波だけに依存しない形へ動いています。ネット同時配信が広がり、 局内の映像インフラをIPへ載せ替えるSMPTE ST 2110 のような標準化も進む。電波の議論は、放送の伝送路が多様化していく大きな流れの一部です。
この議論を追うのに、評論家の断定を待つ必要はありません。総務省の審議会や作業班の資料、周波数の使用状況調査、割当方針へのパブリックコメントは公開されていて、誰でも読めます。見出しに「電波オークション」の文字を見かけたら、まずどの帯域の、どの用途の話なのかを確かめる。周波数は一枚岩ではなく、帯域ごとに物理も利害もまったく違うからです。
470〜710MHzの240MHz幅は、10年後も今の形のまま放送のものであり続けるのか。決めるのは制度の設計と物理の制約、そして視聴者がテレビをどう使うかの三つです。少なくともこの問いは、「既得権益か否か」という二択で語れるほど単純ではないところまで来ています。