日本語の完パケに英語字幕を付けて海外配信に出す、という話が持ち込まれました。原語の字幕データはすでに手元にあります。そこまでは業者に出すかAIで起こすかを決めて手当てが済んでいて、あとは訳すだけのはずでした。

機械翻訳にかけた英語の訳文は、英語話者のレビューでも問題なしと返ってきました。ところが同じデータを字幕として乗せて試写すると、読めません。文字が行からはみ出し、音声が次の台詞に移ってもまだ前の字幕が残っている。訳が間違っているわけではないのに、字幕としては使えない状態でした。

崩れているのは訳文ではなく、字幕という形式のほうです。

字幕の枠は、言語ごとに別々に決まっている

日本語字幕と英語字幕で1行の文字数上限と読む速度の上限が異なることを示す比較図

字幕は文章ではなく、文字数と表示時間の上限を持つ器です。翻訳エンジンが変換するのは中身の文章だけで、器のほうは変換されません。

その器の寸法は、言語ごとに違う数字で決められています。配信向けの納品基準として広く参照されているNetflixのスタイルガイドを例に取ると、2026年9月時点で次のようになっています。

項目

日本語字幕

英語字幕

1行の文字数上限

全角13文字(横組み)

42文字

最大行数

2行

2行

読む速度の上限

毎秒4文字

毎秒20文字(成人向け)

日本語は全角1文字を1、半角を0.5として数えます。数字だけ見ると英語のほうがはるかに緩く見えますが、英語は単語の綴りを1文字ずつ数えるので、実際に入る情報量は見た目ほど離れていません。ここで押さえておきたいのは大小関係ではなく、上限が別々に決められているという事実のほうです。

同じ台詞で並べてみると分かりやすくなります。「明日の朝までに結論を出します」は全角14文字なので、日本語字幕としては1行に入りません。2行に割るか、言い回しを詰めることになります。これを英語にすると、綴りと語間の空白を数えて40文字前後に収まる。行数の判定はそこで逆転します。上限の数字を見比べただけでは、どちらの言語が窮屈になるかは決まりません。

日本語の1行に収まっていたことは、その訳文が英語の1行に収まる保証になりません。中国語や韓国語に出すときも同様に、その言語のガイドラインの数字で測り直すことになります。原語の字幕データを1枚ずつ翻訳して並べ直した時点で、どの枚数も上限の内側にいるかどうかは未検査のままです。

改行位置は、訳したあとにもう一度決め直す

字幕の改行は、行が長くなったから折り返すというものではありません。読み手は映像を見ながら1秒か2秒で1枚を読み切ります。意味のまとまりが行をまたいで分断されると、その一瞬で読み取れなくなる。だから日本語では文節の切れ目に改行を置きます。

翻訳した訳文をそのまま元の枠に流し込むと、この判断が引き継がれません。英語なら前置詞とその目的語の間、冠詞と名詞の間で折り返される。韓国語なら助詞の途中で切れる。文字数の上限だけを見て自動で折り返すと、必ずこの種の切れ方が混ざります。

実際に見かける壊れ方は地味です。行末が前置詞で終わり、次の行が名詞から始まる。数詞と単位が離れる。話者名と台詞の間で折り返される。どれも文字としては全部出ているので、文字数のチェックには引っかかりません。試写で読みにくいと言われて、そこで初めて表に出てきます。

つまり改行は、翻訳の前に決めたものを持ち越せない工程です。訳文が確定してから、その言語の文法にしたがって置き直すしかありません。原語側で整文と分割をどう設計するかという話と同じ作業を、出力する言語の数だけやり直すことになります。

1枚に入らなくなると、ハコ割りが崩れる

原語で1枚だった字幕が翻訳後に2枚になり、元の表示区間からはみ出すことを示した図

改行でも収まらないと、次に動くのは枚数です。字幕を何枚に割るかを現場ではハコ割りと呼びます。日本語で1枚に収まっていた台詞が、訳すと2枚必要になる。ここから話がややこしくなります。

元の1枚には、開始と終了のタイムコードが付いています。そこに2枚を入れるなら、その区間を2つに割るか、後ろの枚をはみ出させるかのどちらかです。前者を選ぶと1枚あたりの表示時間が半分になり、読み切れなくなる。後者を選ぶと次の台詞の区間に食い込み、話者が変わっているのに前の話者の訳が残ります。

カット割りも効いてきます。放送や映像制作では、映像が切り替わる位置をまたいで字幕を出しっぱなしにしない運用が一般的です。枚数が増えて後ろにずれた字幕は、この禁則に引っかかりやすくなります。

逆向きも起きます。日本語で2枚に割っていた台詞が、訳すと1枚で足りてしまう。枚数を減らせば読みやすくなりますが、話者が途中で交代していれば1枚にまとめられません。減らすほうにも制約がある、ということです。

原語の字幕1枚と訳文の字幕1枚が対応するという前提は、ここで崩れます。翻訳の単位を字幕1枚に固定すると訳文が不自然になり、文単位で訳すと今度は枚への割り戻しが必要になる。どちらを選んでも、割り直す工程は残ります。

表示時間は、読む速さから逆算するしかない

枚数と改行が決まると、最後に表示時間が動きます。字幕をいつからいつまで出すかは、映像の都合だけでは決まりません。読み切れる長さがあるかどうかで決まります。

先ほどの数字を裏返すと、必要な秒数が出ます。日本語で毎秒4文字なら、20文字の字幕には5秒が要る。同じ台詞の英語訳が60文字で、毎秒20文字なら3秒です。文字数が変われば、必要な表示時間も一緒に変わります。

ところが伸ばせる余地はほとんどありません。字幕は音声に同期しているので、前後の台詞に挟まれた区間が上限です。Netflixのガイドラインでも1枚の最短は6分の5秒、最長は7秒と決まっていて、日本語では最短500ミリ秒とされています。区間が足りないときに残る手は、訳文を短くすることだけになります。同ガイドが読む速度と同期のために原文を切り詰めることを認めているのも、この行き詰まりがあるからです。

翻訳の品質を「原文をどれだけ忠実に写したか」で測ると、この工程は評価できません。字幕では、その秒数で読み切れる長さまで削った訳のほうが正しい訳になります。

放送に出すなら、枠はもっと固い

配信向けの基準でこれだけ動くので、放送になるとさらに条件が付きます。地上デジタル放送の字幕は、受信機が解釈する符号として送られるクローズドキャプションで、表示できる領域も文字の扱いも規格の側で決まっています。制作から送出への受け渡しに使う交換フォーマットがARIB STD-B36です。

1行に入る文字数は局や時期によって幅があり、15.5文字から21文字までの開きがあります。数字が局ごとに違うということは、多言語字幕を作るときの上限も納品先ごとに変わるということです。汎用の配信基準に合わせて訳した字幕が、そのまま放送用の枠に入るとは限りません。

表示できる領域そのものにも上限があります。字幕は画面のどこにでも自由に置けるわけではなく、決められた表示領域の中に何行まで、という形で枠が決まっています。枚数が増えたぶんを行数で吸収するという逃げ方は、この枠の中では使えません。

文字そのものにも制約があります。放送用の文字符号体系の外にある記号は、そのままでは載りません。ラテン文字の欧文をどう扱うか、ハングルや簡体字をどこまで表示できるかは、納品先の運用を先に確認しておくところです。

配信向けの形式に出すと、位置と装飾が落ちる

出力の段になると、今度は形式の差が出てきます。SRT、WebVTT、TTML(IMSC)のどれで出すかによって、持ち出せる情報が変わるからです。

  • SRTは連番とタイムコードと本文だけの形式で、表示位置もスタイルも持てません
  • WebVTTはキュー設定で位置を指定でき、CSSから色や背景も当てられます
  • TTML(IMSC)は領域指定とルビを扱えて、日本語の納品ではこれが指定されます

多言語字幕でこの差が効くのは位置指定です。原語の画面内テロップが出ている位置に訳文の字幕が重なったとき、その1枚だけ上に逃がしたい。SRTにはその指定を書く場所がないので、逃がすなら映像側か再生側で解決することになります。形式ごとに何が書けるかを先に押さえておくと、どの形式を原本にするかを枚数が増える前に決められます。

変換そのものの落とし穴も残っています。SRTとWebVTTはミリ秒の区切り文字が違い、文字コードの前提も違う。SRTからWebVTTへ変換するときに詰まる箇所は数が限られているので、多言語で本数が増えるなら最初に機械化しておくところです。

人が見るのは、崩れやすい4か所だけでいい

ここまで並べたものは、どれも訳文の意味とは別の場所で起きています。裏を返せば、崩れる場所はあらかじめ分かっています。翻訳された全文をもう一度読み直すのではなく、次の4か所に絞って見ればおおむね足ります。

  • 上限を超えた行。1行の文字数は機械で数えられるので、超過している枚だけを抜き出せます
  • 表示時間が下限か上限に張り付いた枚。読む速度から逆算した必要秒数と実際の区間を突き合わせると出てきます
  • 枚数が増えた箇所。原語1枚に対して訳が2枚以上になったところは、前後の区間に食い込んでいる可能性があります
  • 固有名詞と専門用語。番組内の人名、社名、業界用語は、文字数からも秒数からも検出できません

最初の3つは数えれば出るので、人が判断する必要はありません。人の目が要るのは4つめです。機械翻訳が取りこぼしやすいのは、専門用語、固有名詞、文化的な背景に依存する言い回し、そして話し言葉特有の省略や言いさしだと繰り返し指摘されてきました。これらは文法的にも文字数的にも正しい訳として出てくるので、機械のチェックをすり抜けます。

この切り分けは、そのまま体制の話にもなります。上限超過と秒数の検査は書き出しの前に自動で回してしまい、その言語を読める人には固有名詞と言い回しだけを見てもらう。5言語に出すなら、この分担があるかどうかで見てもらう分量が桁で変わります。

逆に言えば、上限超過と秒数の不足を人が目視で探しているうちは、いちばん人にしか見つけられない誤訳のほうに時間が回りません。

枚数が変わることを、工程として持っているか

冒頭の試写に戻ります。あのとき起きていたのは、訳文の誤りではなく、日本語の枠のまま英語の文字列を入れたという工程の抜けでした。翻訳と、字幕としての組み立ては別の作業です。

手元にある日本語の字幕データを1本、英語に訳してみると分かりやすいはずです。原語で何枚だったものが、訳すと何枚になるでしょうか。その差の分だけ、改行とハコ割りとタイミングを置き直す作業がどこかに発生しています。それを誰がやるかが決まっていないなら、たぶん試写の場に持ち越されています。