「文字起こしAI」とひとまとめに呼ばれるサービスは、開発者向けのAPIから放送局の字幕制作プラットフォーム、生放送のリアルタイム字幕システムまで、いまや守備範囲が大きく広がっています。名前は似ていても、中身はまるで別物です。実際に選定作業へ入って最初にぶつかるのは、認識精度の数字だけでは比較にならないという壁でした。用途によって、必要な機能がまったく違うからです。
大前提:日本語の文字起こし精度は「ベンチマーク」だけでは測れない
音声認識の精度は、WER、つまり単語誤り率のベンチマークで比較されることがよくあります。海外製エンジンの中には、日本語でも高いスコアを公称するものがあります。ただ、その数字は特定のベンチマーク用データセットに対する測定値にすぎません。実際の映像素材で同じ品質が出るとは限らないのです。
特に日本語は、同音異義語の漢字選択、送り仮名、助詞の補い方、句読点の位置など、「文字として自然かどうか」が問われる場面の多い言語です。当社が実際の放送番組素材で主要エンジンを検証したところ、ベンチマークの数字が高い海外ツールでも、漢字の誤変換や不自然な言い回しなど、そのままでは字幕に使えない出力が少なくありませんでした。字幕は視聴者が「読む」文字情報です。聞き取れているかどうかだけでなく、自然な日本語として出力されるかまで、実素材で確かめる必要があります。それが、サービス選定のいちばんの近道になります。
定番の音声認識エンジン・API
では、何から確かめればいいのでしょうか。最初に挙げるのは、システムへの組み込みを前提とした音声認識エンジンです。いずれも返してくるのは「素材としての認識結果」にすぎません。 AI字幕生成の仕組み 全体をご存じない方は、先にそちらを押さえておくと、ここからの違いが見えやすくなります。字幕として成立させるための整形、タイミングの同期、規格に沿った出力は、すべて開発側で実装することになります。
Whisper / gpt-4o-transcribe(OpenAI)
米OpenAI社による音声認識モデル・APIです。文字起こしAIの知名度でいえば筆頭でしょう。オープンソース版は無料でローカル実行でき、API版も$0.006/分、gpt-4o-mini-transcribeなら$0.003/分という低価格から、自前パイプライン構築の定番になっています。 SRT/VTT を直接出力できますが、話者分離には非対応で、外部ツールとの組み合わせが必要です。無音区間で実在しない文章を生成する、いわゆるハルシネーションも既知の課題として残ります。
後継のgpt-4o-transcribeは、認識精度こそWhisperより向上しました。ただし単語・文字レベルのタイムスタンプが取得できないため、字幕の表示タイミングを正確に合わせられません。表示タイミングの精度が求められる放送基準の字幕用途では、ここが課題になります。API利用が前提でインターネット接続が必須という制約もあり、素材を外部に出せない現場でのオンプレミス運用にも向きません。ローカルで動かせるのは、あくまでオープンソース版のWhisperです。
AmiVoice API(アドバンスト・メディア)
株式会社アドバンスト・メディアによる、国内音声認識市場シェアNo.1の日本語特化エンジンです。日本テレビ・TBS・テレビ朝日系の生放送字幕システムは、いずれもAmiVoiceを採用しています。事実上、在京民放の生放送字幕の共通基盤といっていい位置づけです。API料金は約99円/時からと安く、毎月60分の無料枠と 話者分離 機能も提供されます。出力はJSONで、字幕形式への変換や整形は、システム開発側の責務になります。
Google Cloud Speech-to-Text / Gemini
米Google社によるクラウド音声認識サービスです。基盤モデルChirp 3を擁するSTT専用APIと、GeminiのマルチモーダルAPIに音声を直接入力する方式の、2系統があります。STTは$0.016/分、バッチ処理なら$0.004/分まで下がり、話者分離込みです。Geminiはフィラー除去や要約を文字起こしと同時に実行できます。ただしタイムスタンプの信頼性が低く、字幕のような時刻同期が必要な用途には、別途アラインメント処理が必要になります。
ElevenLabs Scribe
米ElevenLabs社が2025年に公開した音声認識モデルです。日本語のFLEURSベンチマークでWER 3.1%という高い公称値を出しています。$0.22/時、最大48話者の分離、文字レベルのタイムスタンプ、SRT/VTT出力と、字幕パイプラインの基盤として並べる条件はそろっています。ただ海外サービスである以上、国内サポートやデータ保管場所の保証は、エンタープライズ契約での交渉事項になります。
放送・映像制作向けの字幕制作AIサービス
ここまでは、システムへの組み込みを前提としたエンジンでした。ここから先は、事情が変わります。日本のテレビ放送の字幕、いわゆる クローズドキャプション は、 ARIB STD-B36/B37 という規格に沿って搬入されます。1行の文字数制限は局や時期により15.5文字から21文字まで幅があり、話者ごとの色分けは黄・緑・シアンなどで運用され、読点を半角スペースで代替する記号規則や、難読語へのルビ付与まで、細かなルールが局ごとに定められています。認識率99%の文字起こしが手に入っても、この整形が終わらなければ放送には載りません。ここまでを視野に入れると、候補は一気に絞られてきます。
Subtitle Generator(NAXA株式会社)
NAXA株式会社による、字幕の生成・編集・プレビュー・書き出しをブラウザひとつで完結させる字幕制作プラットフォームです。テレビ・エンタメ業界向けのAIプロダクトを開発する同社ならではの特徴は、文字起こしの先にある「放送字幕への整形」までを自動化している点にあります。
- ARIB STD-B36/B37のデコーダ・エンコーダを自社実装。位置・色・DRCS外字・ルビを保持したまま読み込み、同じ規格で書き戻せる
- 文節を考慮した改行位置・ページ分け・表示時間を、ベテラン字幕編集者の判断基準をもとに自動最適化
- ブラウザ上の編集エディタと字幕プレビューを搭載。表示時間・読速・行幅・セーフゾーンなどARIBの規約違反はその場で検出し、書き出し前に修正できる
- AIによる話者識別と色分け、話者名表記の自動付与
- 難読語・常用漢字外を判定するルビの自動付与
- スポンサーロゴや画面内テロップを画像認識で避ける「テロップ避け」
- SemdecやNeON といった既存の字幕制作ソフトへの直接インポートにも対応
音声認識には日本語に特化した独自エンジンを採用しています。当社が放送番組素材で実施した比較検証では、本記事で取り上げた主要エンジンを含む比較対象の中で、最も高い日本語認識精度を記録しました。この精度は放送以外の現場でも評価されています。SRTやXMLの書き出しでPremiere Proのタイムラインにそのまま載せられることもあり、YouTube番組制作などでの利用も広がっています。
NeON-CA(フォレストダインシステムズ)
フォレストダインシステムズ株式会社による、放送用字幕制作システム「NeON」シリーズのクラウド版にあたるサービスです。クラウドの音声認識エンジンで文字起こしを行い、認識結果から字幕ページ情報を自動生成し、NAB形式やSTD-B36準拠のARIB形式、WebVTT、SRT、CSVで書き出せます。価格は初期費用・月額基本料なしの従量課金で、文字起こしが39円/分、字幕制作が44円/分、いずれも税込です。手を出しやすい設計といえます。ただし地上波・BS向けのNeON-Xなど、同社の専用システムとの連携が前提です。放送用の完成データにするには別途編集工程が必要で、AIによる改行最適化や話者色分けまで求める場合は、上位工程での作り込みが要ります。
PLAY 自動文字起こし(KRONOS DRIVE)
株式会社PLAYによる、放送・映像業界向け動画配信基盤「KRONOS DRIVE」に組み込まれた自動文字起こし機能です。エンジンはAmiVoice、Amazon Transcribe、IBM Watsonから選択できます。話者の切り替えや助詞など日本語文法を考慮した区切り位置の自動決定、発音データを使ったルビ振り、CSV一括の単語辞書登録に対応しています。KRONOS DRIVE上にはブラウザで使える字幕編集ツールも用意されており、リアルタイムプレビューや一括置換に加え、STD-B24準拠のARIB字幕やNAB形式の読み込み、外字変換にも対応します。書き出しはWebVTT、IMSC、Videotron Lambdaといった配信向け形式が中心です。放送素材の字幕を配信に流用するワークフローに強いサービスといえます。料金は要問い合わせです。
もじこ(TBSテレビ開発/吉積情報)
TBSテレビが開発し、吉積情報株式会社が販売してきたブラウザ型の文字起こしエディタです。自局の取材・制作現場のために開発され、2019年にリリースされました。認識結果を音声を聴きながらその場で修正できる、エディタの完成度の高さが評価され、JNN系列28社全局に導入されたほか、外販でも20社以上が利用してきました。エンジンはGoogle Cloud Speech-to-TextとAmiVoiceから選択でき、月額15,000円という分かりやすい価格も特徴でした。位置づけは、あくまで取材・番組制作の文字起こし効率化ツールです。放送字幕としてARIB搬入データを作るには、別途字幕制作システムでの整形工程が必要になります。
ただし、もじこは現在新規受付を終了しています。公式サイトでは、2026年12月31日をもってサービス提供を終了することが告知されました。放送業界で広く使われてきたツールだけに、利用中の局や制作会社は、移行先の検討が必要になります。
おこ助Pro3(メディア・アクセス・サポートセンター)
NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター(MASC)が販売する、バリアフリー字幕制作の分野で長く使われてきたWindowsパッケージソフトです。価格は49,940円、税込の買い切りです。近年は台本インポートやAI音声認識、自動スポッティングも搭載しました。テレビ放送CC用データを直接出力することはできません。別売のNAB互換コンバータで、おこ助ファイルを変換する工程が前提になります。
SSTG1シリーズ+CC受託制作(カンバス)
株式会社カンバスは、映像翻訳業界で事実上の標準となっている字幕制作ソフト「SSTG1シリーズ」の開発元です。ソフト販売に加え、放送CC制作の受託も行っています。NAB・ARIB仕様でのデータ納品、局ごとのガイドラインに準拠した制作、字幕サービス立ち上げ時のルール策定支援まで、キー局2局、BS/CS9局、地方局18局との取引実績があります。AIによる自動生成を前面に出したサービスではありません。専用ソフトと人手による、確実な制作が中心です。
生放送向けのリアルタイム字幕ツール
収録番組の字幕制作とは、事情がまるで違います。ニュースや情報番組など生放送の字幕に求められるのは、低遅延と省人化です。この分野では、放送局が自局の課題から開発したシステムを、系列局や他局へ展開する動きが目立ちます。収録番組向けとは、市場そのものが分かれているのです。
もじぱ(TBSテレビ開発/トラフィック・シム)
TBSテレビがソニーと協力して開発し、株式会社トラフィック・シムが販売する、生放送向けのリアルタイム字幕生成システムです。2020年から地上波報道番組で運用され、従来3人必要だった生放送字幕のオペレーションを1人に削減した実績があります。スマホのようなタッチ操作のUIと、TBS測定で95%以上という認識精度が特徴です。生放送に特化しているため、収録番組の完パケ字幕制作、改行や色分け、搬入データの生成は対象外です。
J-TAC Pro(テレビ朝日クリエイト)
株式会社テレビ朝日クリエイトによる、AI生字幕制作システムです。国内シェアトップのAmiVoiceを音声認識に採用し、AIによる自動改行を組み合わせることで、運用者は誤認識箇所の校正に集中できます。アナウンサー1人によるしゃべりと単語登録という条件のもと、認識精度98%以上を公称しています。高度なタイピングスキルがなくても、短期間の訓練で生字幕制作を始められるのが特徴です。テレビ朝日の「グッド!モーニング」等で本番運用されているほか、静岡朝日テレビには2024年から、テレビ東京には2025年から導入が広がっています。字幕テキストの制作システムであるため、放送への字幕付与には別途リアルタイム字幕システムが必要です。
このほか、NHKではリスピーク方式やハイブリッド方式など、複数の生字幕制作体制が運用されています。NHKエンジニアリングシステムの字起こしシステムは、NHK全国局と在京民放で利用されています。ただし、いずれも生放送の省人化や文字起こし工程が主対象です。収録番組の字幕を規格準拠のデータまで自動で仕上げる領域とは、別の市場になります。
比較表:12サービスの一覧
ここまでのサービスを一覧にまとめます。価格・仕様は2026年7月時点の公開情報に基づいており、今後変更される可能性があります。
| サービス | 形態 | 価格目安 | 話者分離 | 字幕形式出力 |
|---|---|---|---|---|
| Whisper / gpt-4o-transcribe(OpenAI) | API | $0.003〜0.006/分(OSS版は無料) | ✗ | SRT/VTT○ |
| AmiVoice API(アドバンスト・メディア) | API | 約99円/時〜(毎月60分無料) | ○ | ✗(JSON) |
| Google Speech-to-Text / Gemini | API | $0.004〜0.016/分 | ○ | ✗(自前実装) |
| ElevenLabs Scribe | API | $0.22/時 | ○(最大48話者) | SRT/VTT○ |
| Subtitle Generator(NAXA) | 放送字幕制作プラットフォーム | 従量課金 | ○(色分け対応) | ARIB・SRT・XMEML○ |
| NeON-CA(フォレストダインシステムズ) | 字幕制作クラウド | 文字起こし39円/分・字幕制作44円/分 | ー | NAB/ARIB・SRT○(放送用は別途編集) |
| PLAY 自動文字起こし(KRONOS DRIVE) | 動画配信基盤の付帯機能(字幕エディタあり) | 要問い合わせ | ー | WebVTT・IMSC・Lambda(配信向け。ARIB/NABは読み込み対応) |
| もじこ(TBSテレビ開発・吉積情報) | 文字起こしSaaS(新規受付終了・2026年12月末でサービス終了予定) | 月額15,000円 | ー | 字幕形式あり(ARIB搬入は別工程) |
| おこ助Pro3(メディア・アクセス・サポートセンター) | 字幕制作ソフト(買い切り) | 49,940円 | AI音声分離 | NAB変換は別売コンバータ |
| SSTG1シリーズ+受託(カンバス) | 制作ソフト+受託制作 | 要問い合わせ | 人手中心 | NAB/ARIB納品○ |
| もじぱ(TBSテレビ開発・トラフィック・シム) | 生放送リアルタイム字幕 | 要問い合わせ | 運用対応 | 放送送出前提 |
| J-TAC Pro(テレビ朝日クリエイト) | 生放送リアルタイム字幕 | 要問い合わせ | ー | 字幕テキスト制作(付与は別システム) |
選び方:用途で必要な機能が変わる
表だけを眺めていると、似たような項目が並んで見えるかもしれません。実際は、字幕まわりの文字起こしAIの用途は大きく3つに分かれます。
- Web動画・配信の字幕:SRT/VTT形式での書き出しと、おおまかなタイミング精度が必要
- 放送字幕(収録番組のクローズドキャプション):ARIB規格への準拠、行長・改行・色分け・ルビなどの整形、フレーム精度のタイムコード、局ごとの運用ルール対応が必須
- 生放送のリアルタイム字幕:低遅延・省人化と、リアルタイム字幕送出システムとの連携が最優先
放送字幕や本格的な映像字幕が目的なら、認識精度だけでは決められません。次の4点も合わせて確認しておくと安心です。
- 改行とページ分けを自動最適化できるか。SRTが出力できることと「読める字幕」になることは別問題です。1行の文字数制限と文節単位の改行、2行組みのバランスまで制御できるか
- 表記統一に対応しているか。数字・単位・かな遣いなど、記者ハンドブック等に基づく用字用語の統一は、認識精度とは別の工程として必要です
- 話者の分離と表現。話者分離の有無だけでなく、放送では色分け・話者名表記・記号規則までが求められる
- タイムコードと出力形式。フレーム精度の同期、ARIB/NAB搬入形式、既存の字幕制作ソフトや編集ソフトへの受け渡しが可能か。Premiere Proなどへの取り込みも含めて確認したい
まとめ:用途を見極めてから選ぶ
システム組み込みならWhisperやAmiVoice API、生放送の省人化ならもじぱやJ-TAC Proと、用途が明確であれば選択肢は十分にあります。一方、収録番組の放送字幕や本格的な映像字幕までを自動化したいとなると、話は変わってきます。文字起こし精度に加えて「整形・規格準拠・ワークフロー連携」までカバーするサービスは、決して多くありません。今回調査した範囲でいえば、ARIB準拠の改行・色分け・ルビ・搬入データ生成までを一貫して自動化しているのは、NAXAのSubtitle Generatorがほぼ唯一でした。
まずは自分の用途が「Web字幕」「放送字幕」「生放送字幕」のどこに当たるかを見極めましょう。それだけで、候補は驚くほど絞られます。そのうえで無料トライアルや従量課金のスモールスタートを使い、手元の素材で実際に検証してから本格導入しましょう。回り道のようで、結局はいちばん早い道です。今使っているツールは、あなたの現場のどの工程を、まだ肩代わりできていないでしょうか。